東洋獣医学−経穴



「鍼灸治療を駆使する獣医」などとエラそうに紹介されているワタクシではありますが、まだまだ未熟者ゆえ、治療の現場で実際に鍼灸を行う機会は限られています。鍼灸治療は椎間板疾患をはじめとする運動器・神経疾患、レーザー治療は足をくじいたとか関節を痛めた時が主な活躍の場です。その他の多くの症例では西洋獣医学的手法(検査→注射や手術など)で臨むわけですが、そんな時でもワタクシはまず東洋獣医学の基本に則り、「四診」を行います。まず@ワンコの体全体を眺め(東洋獣医学で望診と言います)A心音や呼吸音を聴き(聞診)B飼い主さんにワンコの状況を詳しく尋ね(問診)Cそれからおもむろにワンコの体に触れます(切診)。

ワンコの体に触れて体温を感じ、腫れや痛みがないか、反射神経に異常がないかなどをチェックします。と同時に先月号の図にあった経絡の流れに沿って全身を触れていきます(このとき、ただ単に触っているだけでなく、ツボマッサージを施しているあたりがタダモノではない・・自画自賛)。症例を重ねるうちにですが、例えば椎間板疾患のワンコでは痛めている部位に関係するツボに触れると指がその場所で反応することがあります。現代科学ではいまだ解明不可能な東洋獣医学の奥義に触れた気がする瞬間であります。

1.経絡

先月号で解説したように、経絡は全身に網目状に存在し、体中に「気」を流しています。経絡は一定のパターンで体表を走ります。復習してみましょう。

@前肢陰経(肺経、心包経、心経)は胸部に始まり前肢末端に終わる。

A前肢陽経(大腸経、三焦経、小腸経)は前肢末端から始まり頭部に至る。

B後肢陽経(胃経、胆経、膀胱経)は頭部より始まり後肢末端に至る。

C後肢陰経(脾経、肝経、腎経)は後肢末端に始まり胸部に達する。

 これら経絡は体表を走ると同時に体内奥深くでも並行して走り、それぞれ対応する臓腑を通っています(臓腑はいずれ解説します)

2.経穴(ツボ)

経絡や経穴と言う観念が未だ成立しておらず、医学が誕生する以前の古代中国では、病人の特定の部位を押して刺激すると特定の反応(痛みが減るとか嘔吐が止まるとかむくみがおさまるとか)が現れることに気づきました。そのデータを一つ一つ積み重ねていくうちに、こんな症状の時にはここを押せばよい、という病気に有効なポイント、すなわち経穴(ツボ)が次々と発見されました。そして関連するツボとツボを結び付けていき、経絡が形作られていったのです。つまり、東洋獣医学の治療ポイントはまずはじめに経穴・ツボにあり、と言ってもいいでしょう。

そもそも経穴の定義は「経絡上で、体内を流れる気が体表に現れるポイント」。これをもう少し広く解釈して「それを刺激することにより、肉体に生理的な変化をもたらすポイント全部」としますと、実はツボは経絡の上だけでなく全身にたくさんあることになります。実験的に体表の電気的変化を調べてみると、1センチ四方に一箇所は電気伝導率が異なるポイントがあり、これも広義のツボと考えられます。

これら経穴のうち、経絡上にあるものを「正穴」、経絡以外にあるものを「奇穴」と言います。正穴は数がきまっていますが(約360個)奇穴は学説により様々ですが、千個以上あるとも言われています。さらに、奇穴のうちでもワンコによって、あるいは同じワンコでも日によって場所が変わるツボ(阿是穴=あぜけつ)もあって、これを含むとツボはまさに無数存在すると言えます。

ところで、東洋獣医学では当たり前に使用する「経絡」とか「ツボ(経穴)」は、実は解剖学的には確認されていません(つまり形態としては実在が証明されていません)。中国を中心に数十年前には盛んにツボの実在が研究されましたが、写真に撮ることも出来ず未だにわからずじまいです。でもワタクシのような未熟者でも治療の際にはツボや経絡は、あたかもそこに存在するかのように感じられ、しかも古代中国人が示したと同じ治療効果を得られるのです。獣医学の治療現場でも、従来の西洋的手法ではまかないきれない症例が増えており、東洋獣医学の活躍の場は広がっていきそうです。実際、投薬でも手術でも治らなかった神経疾患が、鍼治療を行うことで回復した例が、当院でも増えています。そんな症例と出会ったときは思わず中国大陸の方に合掌してしまうワタクシでありました。