東洋獣医学−気血水



「東洋獣医学―3」

各種宗教から現代科学にいたるまで、洋の東西を問わず「聖なる数字」なるものが存在します。なじみのあるところでは、七福神の7、末広がりの8などがありますが、東洋獣医学のジャンルでも2(陰陽)、5(五行、五臓)、8(八綱、八卦)、12(十二正経、十二支)などなど。中でも3という数字は神秘的で象徴的であります。キリスト教の聖なるものは「父・子・精霊」、仏教の三宝は「仏・法・僧」、めでたきものは「松・竹・梅」、阪神タイガース優勝の原動力は「J・F・K」などなど。今回のテーマである「気・血・水」は生命が生命であるために、ワンコがワンコであるために必須の三大要素といえます。

1.「気血水」の発見

人類誕生から約500万年、大自然に支配され続けていた生活から、われわれ人類は進化を続け(それが良いことか悪いことかは別にして)逆に自然を支配するほどになってきました。約二千年前の古代中国人は、自然や生命が何で成り立っているのかを考察し、根本となるものとして最初に「気」を、続けて生命に必須のものとして「血・水」を考え出しました。現代科学で物質の構成要素である元素(酸素とか鉄とか)が証明されるのは18世紀の化学者ラボアジエまで、物質の最小単位と現時点では考えられている素粒子の発見に至っては20世紀まで待つことになります。素粒子の最終物質は測定し得ないほど小さく単純な形態をしているのでは、と最新の物理学(超弦理論)が予想しているように、古代中国で考え出された「気」こそが実は物質の最終形態なのかもしれません。

2.「血」とは

西洋獣医学における「血()」はずばり血液のことをさします。ワンコの体重の約8%を占める赤い液体で、全身を網羅する血管の中に存在して体中の細胞に栄養を運ぶのが主な仕事です。

東洋獣医学における「血(けつ、と読みます)」も概念的にほぼ同じです。体が傷つくと赤い血液が流れ出てくることは古代中国でも目に見えてわかることでしたし、血が大量に出ると生物は死んでしまうことから「血」は生命に欠かせないものだと考えられました。

「血」は血脈の中を流れて全身を巡り、五臓六腑から筋肉、骨、皮膚など全身の組織・器官を滋養する働きをもちます。

その生成には飲食物から得られる水穀の気と次章で出てくる水が関わっています。気+水=血、とおおまかに考えてください。これには脾・心・胃・肺・腎などの臓腑が協力し合っています。

3.「水」とは

ワンコの体は約60%が水分でできています。そのうち3分の2は細胞内液という、細胞を構成する水分であり、残りの3分の1は細胞外液(血液・リンパ液など)といいます。東洋獣医学の「水」は血液を除く体内の正常な液体全てを意味し、汗・尿・涙なども含まれます。「水」は別名、津液(しんえき)とも言い、水穀の気が変化して作られます。

「水」は臓腑・五官(目、耳、鼻、舌、触覚)・のど・皮膚などを潤す働きがあります。

4.「気血水」の相互関係

「気血水」は生命の三大構成要素で、それぞれ異なった役割を担いつつ、互いに密接に関係し合っています。

@気と血・・・4つの相互関係があります。

・「気能生血」先に述べたように飲食物から得られる水穀の気が不足すると血は作ることができません。

・「気能行血」血が全身を巡るためには気の力が必要となります。

・「気能摂血」気は血が脈外へ出てしまう(出血する)のを防ぎます。

・「血為気母」気が経脈の中を巡るのに、血の力が欠かせません。

A気と水・・・水も血と同様、水穀の気をベースに作られ、水が全身で作用するためには気の力が必要となります。

B血と水・・・「津血同源」と言い、一方が不足したときは血が水に、水が血に転化し互いに補い合います。

以上、聞き慣れない専門用語もまじえて「気血水」の関係についてお話しました。東洋獣医学の第一歩として、「気血水」の理論は必須と言えます。生命を構成する、聖なる三大要素は互いに助け合い、どれか一つでも不足・過剰になると病気の原因となります。

ところで、古代中国の思想においては「気血水」の根源は同じものと考えます。最初に「気=実体のないもの=生命のエネルギー」を定義し、中国思想の源流である相対的認識論に則って相対する「血=実体のあるもの=生命の栄養分」を考え、さらに「血」を色と役割から「血」と「水」に細分化しました。

この、バランス感覚を重要視する、中国的な相対的認識論は東洋獣医学だけでなく、中国思想全般の根底に流れています。これこそが「陰陽論」、来月のテーマです。流れるようなこの展開、次回はいよいよ東洋獣医学の核心に迫りますっ。