東洋獣医学-まとめ

 ワンコの平均寿命は延びつつありますがそれでもたかが十余年、日本人男性で八十年弱(ワタクシはあと何年かな?)。目を転じると太陽だって、あと五十六億年もすればどんどん膨張して地球を飲み込んだ後に滅びます。さらにはこの大宇宙だって最新の膜宇宙論によれば、いずれは泡のごとく消えうせるのかもしれません。最大の東洋哲学でもある仏教では、このように世界は小から大まですべて「空」即ち何一つ実体はなくあらゆるものは一つどころに留まらず永遠に変化し続けるものだと説いています。東洋獣医学にも同様の思想が根底にあり、石ころから生命、大宇宙に至るまですべては陰と陽に変化し続け、五行の間を循環しています・・・今回も前置きが長くなりました。何が言いたいかというと、全ては万物流転ですから、この東洋獣医学の連載もついに今回が最終回になったということです()。今回は東洋獣医学の現状とこれからを総括してみましょう。

1.おさらい

難解にして深遠な東洋獣医学をできるだけ簡潔に解説するのに苦慮の連続でしたが、最終回ですしここはひとつ思いっきり大胆にまとめてみました。

①東洋獣医学の歴史・・・さすがは中国四千年、深く長い歴史があります。

②気・・・生命を生命たらしめている根本物質が、現代科学では確認できないが確かに存在する。それこそが「気」なり。

③気血水・・・生命の三大必須物質。

④陰陽・・・生命も自然界も全てのものは陰と陽の二大要素からなり、陰陽の間を常に変化し続けている。

⑤五行・・・同じく、すべては五つの要素に分類でき、お互いに助け合ったり(相生)弱めたり(相克)して関連している。

⑥経絡・・・体には目には見えないが、気の通り道(経絡)が網目のように張り巡らされている。

⑦経穴・・・経穴とは、体内を流れる気が体表に出てくるポイントで、体調を整えるのに使える場所。実は無数に存在する。

⑧ツボマッサージ・・・ワンコの健康増進にも飼い主さんとのスキンシップにも大変有効です。どんどんやりましょう。

⑨臓腑・・・体内の器官を、解剖学的な内臓と違って生体の機能別に分ける考えで、六臓六腑などに分類できる。

⑩病因・・・病気の原因には外から(外因)と中から(内因)とそれ以外(不内外因)がある。

⑪⑫弁証論治・・・病状を把握し、治療法を決定するための検証方法。伝統的な方法がいくつかある。

⑬治療法・・・治療には外方(鍼灸やマッサージ)と内方(薬物)がある。

 あらっ、十四回にもわたる連載内容が、たったこれだけで説明できちゃいました()

2.東洋獣医学とこれからの動物病院

 さて、第一回目でも書きましたが、東洋獣医学と西洋獣医学は動物の病気を治すと言う同じ目的をもっていても、根本的な考え方からアプローチまで見事なほど性格が異なります。

・西洋獣医学は近代科学に基づいた分析的手法を取り、体を細分化してパーツごとに病状を捉えます。だからヒトの病院は内科とか眼科とか単品でも成立するわけです。

・一方の東洋獣医学はワンコの体全体を一つの小宇宙と考えます。組織・器官はそれぞれ異なった機能を持ちつつ、全体として有機的に関連している。さらには大宇宙(大自然)ともつながっているので、病気には気候や風土も影響を及ぼしていると考えます。また、病気は治すのではなく、体内機能のバランス(陰陽や虚実など)を整え、自然治癒力を高めて問題解決を図ります。

 毎日、動物病院を訪れるワンコやニャンコや多くの動物たちを治療するのに、われわれ臨床獣医師は今までは主に西洋獣医学の手法を用いて対処してきました。獣医療技術は進歩し続けているものの、平均寿命が延び病態が複雑になるにつれて、行きづまるケースが増えてきたのは否めません。そんな中で、東洋獣医学の思想・技術は多くの難問を解決するためのキーとして活躍し始めています(われわれも病気と立ち向かうときに、一つでも多くの武器を手に闘いたいですから)。そして学会や勉強の機会も増えて、東洋獣医学を駆使する獣医さんも増えてきています。さらにはそのほかのホリスティックな獣医学(ホメオパシーやアロマテラピーなどなど)も進歩しつつあります。これから先、動物病院での治療の選択肢も増えていくにつれ、治せる病気が増えてゆき、ワンコたちがますます健康に楽しく過ごせる未来が開けてきそうです。と同時に、われわれ獣医師も勉強して腕を上げていかねばなりません。ワタクシもウカウカしていられませんわ、頑張ろうっと。

 ・・・おおっ、蛍の光が聞こえてきました。ではこれにて「由本先生のやさしい東洋獣医学」全幕終了でございます。皆々様には最後まで難しい話におつきあいいただき、ありがとうございました(途中からおつきあいいただいた読者の方には、バックナンバーも在庫ございます、笑)。またいずれ、紙面でお会いできる日までごきげんよろしゅう。