東洋獣医学-病因


 その昔、紀元前3世紀に広大な中国大陸を統一した秦の始皇帝は万里の長城を建設するかたわら、不老不死の薬を求めていました。その時の大使・徐福という人が蓬莱(今の日本)にやって来た伝説が、今も日本各地に残っています。が、ついに薬は発見されなかったそうです。それもそのはず、人もワンコも、すべての生き物は「生老病死」という4つの宿命的な苦しみを背負って生きる存在であると、かのお釈迦様は説いておられまする。獣医学は動物の病気を解明・治療するための学問ですが、「病」は強力な天敵であると同時に、古代からの永遠のテーマでもあります。敵を知らずば戦はできぬ、まずは「病」とはどのようにして生じるのかを、東洋獣医学の見地から考えていきましょう。

1.健康とは

 病の反対語は、健康ですよね。最初にWHO(世界保健機構)が謳う健康の定義を書いておきます。

「健康とは、何事に対しても前向きの姿勢で取り組めるような、精神および肉体、さらに社会的にも適応している状態をいう」

 ええ言葉ですなあ。前向きの姿勢、久しぶりに聞いた気がします()。さしずめワンコにとっての健康とは、飼い主さんに愛されて(精神)ご飯が美味しく食べられて(肉体)飼い主さんを含むヒト・ワンコたちと仲良く過ごせている(社会的)ことではないでしょうか。お宅のワンコは、いかがですか?

2.病とは

 では、病とは何なのか。これは一言で言ってしまえば、健康の定義から外れた状態すべてをさします。

なぜ病は生じるのでしょうか。西洋獣医学の見地から考えるなら、さしずめ病原体(細菌・ウイルス・寄生虫など)、先天的原因(遺伝など)、化学物質(環境ホルモンや添加物など)や心身の過剰なストレスなどが考えられます。そうしてみると、昨今のワンコたちは以前にも増して病気の原因に取り囲まれて暮らしています。飼い主さんがフォロー・サポート可能な部分はできるだけやってあげてくださいね。

 一方、東洋獣医学の考えでは、病気はどうして生じるのか。

 そもそもワンコには自然環境に適応する能力や病気に抵抗する能力が生まれつき備わっており、これを「正気(せいき)」と言います。「病は気から」という言葉は黄帝内経(世界最古の中国医学書)の「百病は気より生ず」が原典で、このシリーズの最初に解説した万物の根本物質である「気」(この場合は正気)が乱れたり働きが弱くなったときに病が生じます。

その際、気の変化を起こすものが病気の原因(病因)です。病因は別名「邪」ともいい、「正気」と「邪」のバランスが崩れたとき、ワンコは病気になってしまいます。

3.病因

 病因は大きく次の3つに分類できます。

①外因・・環境や気象条件などの変化が疾病を引き起こすとき、これを外因と呼び、表のように6つの邪気をさします(これらを六淫と言います)。

②内因・・感情や精神の偏りが臓腑や気血の失調を起こして発病するとき、これを内因と呼び、表のように7種の感情表現があります(これらを七情と言います)。七情は五臓・五行とも深い関係があります。

③不内外因・・外因にも内因にも属さない病因で、飲食(食生活の不摂生)・労倦(心身の疲労過度)・運動不足(気血の流れが停滞します)・不測事態(外傷や虫獣による被害など)

さてさて、始皇帝もままならなかった「死」は避けられなくても、「病」はある程度は予防・治療が可能です。だからこそ、われわれ獣医師はワンコの病気治療および健康と幸福のために少しでもお役に立ちたいと頑張っているわけです(それ以外に、ワタクシが世の中のために出来ることなんて、残念ながらありませんからっ)。