東洋獣医学−総論


 9月の動物愛護週間、京都市主催「動物愛護フェスティバル」において、高齢動物に関する講演をさせていただきました。一万人の聴衆、と言うのは嘘ですが、大勢の方が聞きに来てくださり、私も熱く語りました。話の後半は、「家庭でできるツボマッサージ法」の実践をしたところ、来られた方から後日メールでいろいろ質問を受けまして、ペットの健康に関する熱意が高まっていることを感じます。

 これから始まる「やさしい東洋獣医学」では、@東洋獣医学の理論の解説、Aワンコの健康に役立つツボの紹介、の二本立てを中心に系統立てて解説していきたいと思います。それに先立って今月はまず、東洋獣医学の概要を解説いたします。専門知識をお持ちの方には物足りず、興味のない方には小難しく感じられるでしょうが、おつきあい下さい。

1.治療最前線での獣医学の現状

 獣医学は人間以外の動物の健康増進・疾病治療を研究する学問です。その主流となるのは近代科学をベースとする欧米流の西洋獣医学です。それに対して自然科学をベースとする東洋獣医学は、日本の治療現場(動物病院レベル)ではまだ黎明期にあるものの、徐々に広がり始めています。

 動物病院で働く我々のような現場の獣医師にとって、獣医学は人間を対象とする「医学」と同じ線上にあり、なおかつ「医学」より明らかに遅れています。しかも獣医学は対象動物が哺乳類から鳥類、爬虫類と範囲がだだっ広く、さらには内科・外科から眼科、産婦人科など全ての分野・病気に対応しなければなりません。我々獣医師たちは限られた理論と技術で日々の仕事に取り組んでおり、そのツールの一つに東洋獣医学の手法が選ばれるのは当然のことかもしれません。

2・東洋獣医学とは

 文字通り解釈するなら、東洋獣医学とは東洋世界、つまりアジア地域をルーツにする獣医学全体を意味します。治療現場の実態から見た場合、中国で発達した獣医学がメインですし、ここでは中国の獣医学(中獣医)を中心に取り上げていくことにします(注1)。

3.東洋獣医学の歴史

 今から時代を遡ること一万二千年前(旧石器時代)、中国の遺跡から家畜(ブタ)の骨が発見されており、八千年前(新石器時代)には石で作られた針(?)が出土しています。この頃すでに動物の治療が行われていたものと思われますが、獣医という職業は約三千年前(周の時代)の中国政府内で初めて誕生し、東洋獣医学の体系的な統一はそれよりさらに少し時を経て、獣医学の父「伯楽」の登場まで待つことになります(注2)。

4.東洋獣医学の実際(西洋獣医学との比較)

 東洋獣医学と西洋獣医学は、思想的にも病気に対するアプローチも、何かにつけ対照的な感があります。

 思いっきり省略して分類しますと、西洋獣医学では、病気の原因を探して薬剤投与、外科的摘出、病原体の撲滅などを行うことを目的とします。いわば体をパーツに分けて考え、修理していく工程をとります。

 東洋獣医学では体全体の調和を考え、不調を取り除いてバランスを取り戻すことを目的とします。いわば体のパーツではなく、全体を整えていく工程をとります。両者の関係は「西洋医学は病気を診る、東洋医学は病人(獣医学では病ワンコ)を診る」と言う医学界の言葉に集約されるかもしれません。人はとかく優劣をつけたがりますが、この場合どちらが優れているかは一概に評価できませんし、意味のないことです。それぞれに得手不得手があります(一例をあげるなら、感染症や骨折は西洋獣医学が得意ですし、慢性疾患や疼痛管理は東洋獣医学のほうが向いています)。私を含む治療現場で奮闘する獣医師は、汗をかきかき東洋・西洋獣医学の折衷案をたてつつ、それぞれの症例ごとに最適な治療方法を考えています。

5.東洋獣医学の実際(動物病院の現場)

 東洋獣医学の世界はマリファナ海溝よりも奥深く、ここで語り尽くせるものではありませんが、気を取り直して実際に動物病院で行われる治療内容をかいつまんでご紹介しましょう。詳細は次号以降に譲ります。

・鍼治療・・髪の毛のように細い鍼(毫針)をワンコの体にある経穴(注3)に刺し刺激することで治療します。針に電気を流す電鍼療法、低出力レーザー光線を患部に当てるレーザー療法などのバリエーションがあります。

・灸治療・・火をつけた艾(もぐさ)を鍼治療同様、経穴に置いて加熱・刺激することで治療します。

・薬物治療(いわゆる漢方薬)・・黄河の如く長い中国獣医学の歴史の中で積み重ねられたデータを元に、健康のために有効に利用できる薬草の類を用いた治療法。数種類のものが動物用医薬品として認定・使用されています。

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今回、東洋獣医学についての連載を担当させていただくことは、私にとりましてとても幸運なことだと思います。日々の診療に鍼灸治療を積極的に用いてはいるものの、理解の浅さは渇水したダムの水量なみの私です。改めて勉強し直しながら、読者の皆様にわかりやすい形で進めていきたいと思います。

(注1)インドのアーユルヴェーダ獣医学やチベット獣医学など、素晴しい理論が数多くあるのですが、手を広げすぎて複雑になりすぎてもいけませんので、今回は割愛させていただきます。

(注2)伯楽は紀元前6世紀の偉人ですが、東洋医学の基礎理論をまとめた世界初の医学書とも言われる「皇帝内経」の完成はそれよりさらに数世紀のちのこととなります。

(注3)経穴は、一般的に「ツボ」と呼ばれるものとほぼ同意で、ワンコでは100個以上のツボが確認されています(異論もありますが)